投稿

親指

もうすぐ夏至ですね。ヨーロッパではこの季節夜10時近くまで明るく、川辺で涼んだりと外で楽しく過ごしていたことを思い出します。 さて私は親指を負傷してしまい、親指がとても使いにくいのですが、 では親指を使わずチェンバロを弾いてみようとして、大切なことを思い出しました。 チェンバロでは基本的に親指はあまり使わないのが、当時のやり方としてふさわしいと言われています。そうすることで、アーティキュレーションやアクセントを明瞭にすることができます。親指を負傷したことで、その基本に立ち返ることができ、またどうしても親指を使わなければいけない時はどういう時なのかということを考えることができました。 複雑なフーガなどの多声音楽を別にすると、親指を使うのがふさわしい時、それはレガートが求められている時だと思います。 レガートと言うのは、普段何気なく用いられている言葉ですが、バロック時代の人々にとってはかなり意図的な、そしてとても大切な表現であり、親指を使うという事は特別なことだったのだと改めて思いました。

多様性

今は考える時間は沢山あり、世の中で沢山のことが起こっています。 差別の問題も目にとまります。 差別は、他人が自分とは異なるが故に起こることだと思いますが、 誰もが固有の資質を持っています。 それぞれが無理をすることなく、良さを生かして幸せに暮らすためにはどうすればいいのでしょう。 認めあい、助け合うことができれば一番ですね。 でもまずは否定しない、ということなのかもしれません。 そのためには価値観が違いすぎる場合、時には離れることも必要かもしれません。 しかし、相手とは異なる自分の意見をぶつけるということは、建設的でもあるはずです。 それと否定の違いはなんなのか。 自分が伝えたら、相手の声にも耳を傾けること、なのでしょうね。 全ては聞くことから始まるかもしれません。

フランス語

新型コロナウィルスで数少ない良かった事と言えば、世界中の音楽仲間が暇になり ヨーロッパの人たちとも頻繁に連絡が取り合えるようになった事です。 そこで久しぶりにフランス語を勉強を再開してみました。 今はインターネットでフランスのニュースが簡単に見られてとてもありがたいです。 フランス語は発音そのものも大切ですが、リズムやまとまりといったものが 非常に重要だなと感じて、楽しく取り組んでいます。 フランスのニュースを見ていると、日本とは異なる視点でニュースが伝えられているのも面白いです。 先ほど見たニュースは、フランスの地方の市長が外出時にはマスクの着用を義務付けようとしたものの、国からストップされたというものです。 マスクの効果について議論があるせいか、在庫の問題などもあるのか、詳細は書かれておらず不明ですが、衛生の権威の意見と一致しない恐れがあるということが国務院側の理由としてあげられていました。 市長としては「地方自治の侵害」と憤慨しておられるようですが、 市民は市民で、「義務付けるなんて、権力の濫用だ。」と言う人がいたりで、 何も言わずにマスクをみんな着用する日本の風潮とは異なると感じます。

オンラインレッスン

いかがおすごしでしょうか。 新型コロナウイルスの影響で、直接のレッスンが難しくなったことがきっかけで、ご希望の方にオンラインレッスンを始めることにしました。 これを機に、「今までチェンバロに興味はあったけど近くに教室がない、チェンバロについて知りたい、バロック奏法を知りたい」、、などのご要望があれば、オンライン上でご質問にお答えできればと思います。 私は以前一度ドイツの先生に日本からスカイプレッスンを受けたことがあります。 もちろん直接のやりとりに勝るものはないですが、距離を超えていつでもレッスンできるのは利点ですね。 詳細は以下までお問い合わせください。 terzapratica@gmail.com

考える時間

コロナの影響が拡大するばかりで、まるで夢を見ているような気さえしてきます。 留学中にお世話になった方のご家族も犠牲になったそうで、心が痛みます。 こんな時に私のブログを見てくださる方はおそらくお元気でお過ごしのことと思いますが、少しでも状況が良くなるように祈っています。 いろいろな不要不急とされる業界がダメージをうけていますが、 音楽もその一つですね。 レッスンなどは密室ですし、演奏会も中止です。 音楽をはじめ、芸術や文化は人生において大切なものだとは思いますが とても脆いものでもあります。 私もどのような姿勢で音楽に取り組むべきか、考えさせられます。 いずれにしても中途半端では存在価値がありません。 より多くの人に有益な活動を目指すのか、または究極にマニアックを追求するのか、 きっとどちらかなのだと思います。 今は力を蓄えて、そしてよく考えるための時間として有益に使わなければと思います。

誤字脱字と断捨離

わたしは最近になってようやく携帯をスマホにしたのですが、 パソコンでブログを読み返すと、自動変換や予測機能により誤字脱字が多すぎる… 最近目がよく見えないですし、気をつけないといけませんね。 読んでくださった方申し訳ありません。 おそらくあまり改善しないと思いますが、今後気をつけたいと思います。 ところで最近出かけるところもなく暇なので、断捨離をしています。 以前から気が向くと行っていますが、まだまだいくらでも不要なものが出てきます。 いらない資料を捨てたり、似合わない服を処分したりと、かなり頑張っているのに、次から次へと出てくる出てくる。 でも捨てすぎているのか、あるはずのものが見つからないといった事態も。。 ものが多いと必要なものを探すのに時間がかかりますが、捨てたものをはっきりさせておかないと、あるかないかわからないものを探すのにこれまた時間がかかるのです。

趣味の音楽

岡山では沢山のアマチュア音楽家の皆さんがコンサートをなさっていて、 聞きに伺う機会も多いです。アマチュアとは何かという定義は難しいですが、休みを利用して音楽に取り組んでいる人をここでは指します。 わたしが学生の頃は趣味で音楽をされてる方に触れ合うことも、コンサートを聞くこともあまりなく、この体験は留学後、岡山に帰って初めてもたらされたものです。 そのことでコンサートを聞きに行く回数が圧倒的に増えました。 毎週末ということもしょっちゅうです。 するとコンサートを聞くことに慣れてくるという効用を私自身感じます。 自分が開催する時も、岡山のお客様ってなんでこんなに静かに、しかも全く知らない曲でも思い思いの楽しみ方ができるんだろう?と不思議だったのですが、 そういう日常の経験でトレーニングされてるからなのだなと最近思います。 東京などで、一流どころしか聞かないよって感じの方や、そして音楽家は意外とコンサート会場でソワソワ落ち着かない様子の方が多いのと対照的だと感じます。 アマチュアの方は、もちろん時として演奏の技術が十分でない場合もありますが、コンサートに向けて熱心に準備して、人前で弾くことは単なる個人の楽しみではなく、文化に大きく貢献することなんだなぁと思うようになりました。 素敵なコンサートは、あってありすぎることはないのですね。